特に今大会でクローズアップされたのが、ヘンマンの後継者として期待を背負うアンディ・マレーだった。優勝すれば地元・イギリス勢では71年ぶりとなるため、会場の熱狂も納得と言えば納得だ。
ただ、マレーの場合、あえて『イギリス』と言わなければならない。言い換えるとしてもブリティッシュ、もしくはGBRやブリテンあたりか。ここらへんが連邦国家の面倒なところでもある。
ティム・ヘンマンはオックスフォード出身で、当然のごとくイングランド人。顔つきもゲルマンそのもので、彼が活躍している当時は白地に赤十字のイングランド国旗がよく見られたものだ。
今大会はメディアが祭り上げているせいであろう。国旗はよく見られたが、ブリティッシュ国旗を持っている方が大半で、青地に白十字のスコットランドはちらほら。会場の熱狂も、ヘンマンのときのような盲目的な熱狂とは一味も二味も違っていたように思う。
このウィンブルドンでマレー戦中によく思い出したのが、F1のイギリスGP@シルバーストーンだ。D.ヒルが引退したあと、ブリティッシュがスコットランド人のクルサードしかいなかった時期が続いた。
ヒルもイングランド人ながらあまり人気の高いドライバーではなかったので、気に留めていなかったが、そうした中で突如注目の新星が現れた。ジェンソン・バトンだ。今年ようやくブレイクしたため、むしろベテランとして見られているが、出てきた当時は完全なアイドルだった。下部組織で抜群の成績を残したイングランド人として、人気が出るのも当然だったのだ。
誤解を覚悟で言えば、バトンの登場からシルバーストーンはクルサードにとって再びホームGPではなくなった。少なくとも目立った応援がなくなったのは間違いない。スコットランド国旗がわずかに見えるくらいだ。
マレーの場合、まだ恵まれている。天賦の才は比類なきものがあり、70年以上ブリティッシュの優勝がないという悲しい状況もプラス要素として働いているのだから。
さらに言えば、幼い頃からサッカーも得意だったマレー少年がテストを受けたクラブがレンジャーズだったというのも救いになっているだろう。セルティックだったら、敵に回らないまでも援護射撃をもらうことができなかったはずだ。
スポーツ好きだと、こうした民族的な軋轢をよく感じるときがある。血が生み出した壁。マレーにはこの壁を乗り越えてほしい。さらに言えば、垣根を取り払う助けになってもらえれば、と思う。ロンドン五輪のサッカー競技では、イギリスはイングランド代表が出場することになってしまった。なかなか垣根を取り払うことはできないだろうが、マレーはその助けになれる数少ないヒトだと思うのだ。



